川崎大師とは?
川崎大師は、平安時代末期、平間兼乗が夢のお告げにより海中から引き揚げた弘法大師像を供養したことに始まります。この像のご加護によって兼乗の厄が除かれたことから、「厄除けのお大師さま」として信仰を集めるようになりました。大治3年(1128)に平間寺が建立され、江戸時代には徳川家の信仰も受けて全国的に知られる存在となります。関東厄除け三大師の一つとして数えられ、厄除けをはじめとする諸願成就を祈る寺として、多くの参拝者が訪れています。
所在地:神奈川県川崎市川崎区大師町4-48
TEL:044-266-3420
参拝時間:9:00~17:00
御利益と御本尊
川崎大師がお祀りしているのは厄除弘法大師尊像です。
・厄除弘法大師尊像
◆御利益
・厄除けなど
歴史

川崎大師は、平安時代末期の平間兼乗の体験から始まります。兼乗は無実の罪によって生国である尾張国を追われ、諸国を流浪した末に川崎の地へとたどり着きました。漁師として慎ましく暮らしながら、仏法(弘法大師への信仰)を深めていたと伝えられています。
42歳の厄年を迎えたある夜、夢枕に高僧が現れ、かつて唐で刻まれ海に流された弘法大師像を引き揚げて供養すれば、災厄が福徳に転じると告げました。夢のお告げに従って海に出た兼乗が網を投じると、光り輝く木像が引き揚げられました。これが現在の御本尊である厄除弘法大師尊像です。
その後、高野山の僧・尊賢上人が兼乗を訪れ、この尊像の由来に深く感動し、二人で力を合わせて大治3年(1128)に寺を建立しました。これが平間寺の始まりで、寺名は兼乗の姓にちなんで名付けられました。さらに長承3年(1134)には、弘法大師のご加護によって兼乗の無実が証明され、生国へ帰ることが叶ったと伝えられています。
こうした由来から、川崎大師は「厄除けのお大師さま」として信仰を集めるようになりました。江戸時代には皇室の尊信を受け、第11代将軍・徳川家斉が厄除け祈願に参拝したことで、その名は江戸庶民の間にも広く知れ渡ります。現在も川崎大師では、厄除けをはじめ家内安全や商売繁昌などを祈る護摩祈祷が毎日行われ、全国から多くの参拝者が訪れています。
川崎大師のアクセス
神奈川県川崎市川崎区大師町4-48
◆交通機関
京急大師線「川崎大師駅」徒歩8分
川崎大師の御朱印

川崎大師では上記のような御朱印をいただくことができます!

その他、各種御朱印帳もいただくことができます!
川崎大師の見どころをご紹介!

大山門をくぐって参拝スタート!

参拝前に手水舎で身を清めていきましょう!

正面に見えるのが大本堂です!昭和39年に創建されました。

手水舎の奥には聖徳太子堂がありました!昭和41年に奉納された聖徳太子像が奉られたお堂です。

その隣にあるのは清瀧権現堂です。

大本堂に至る参道の左手には経蔵があります。経蔵には中国最後の木版大蔵経「乾隆版大蔵経」7240冊が収蔵されています。

経蔵の天井には金箔の仏絵が描かれていました。

経蔵の近くには「祈りと平和の象」があります。

奥にある八角五重塔は昭和59年に造られたもので、八角は最も円に近い建造物の形といわれ、「包容力」「完全性」を象徴しているとされています。

大本堂の左手には不動堂があります。不動堂では不動明王尊像をお祀りしています。

福徳稲荷堂がありました!倉稲魂神をお祀りしており、商売繁盛や五穀豊穣のご利益をいただくことができます。

境内の左側には「やすらぎ橋」と呼ばれる橋がありました!橋は災難を除き、幸福を招くといわれる朱色に塗られています。

やすらぎ橋を渡ると「降魔成道釈迦如来像」を拝むことができます。

そのさらに奥には聖観音銅像を拝むことができます。

その近くには真っ白な「薬師殿」があります。薬師瑠璃光如来尊像、薬師瑠璃光如来をお祀りしています。また、なで薬師と呼ばれる像が奉祀されており、撫でることにより身体健全、病気平癒が祈念できます。
まとめ
読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる川崎大師にお立ち寄りください!

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