【日本の地名】「池袋」の地名の由来とは?「袋のような地形と池」から生まれた街

日本の地名

現在では東京有数の巨大ターミナルとして知られる池袋ですが、その地名は、かつての自然地形に由来しています。高層ビルや繁華街が広がるこの街は、もともと「池」と「袋のような地形」を特徴とするのどかな農村でした。本記事ではそんな池袋という地名がどのように生まれ、どのように現在の姿へと変化していったのか地名の由来について解説します!

池袋という地名の由来

袋状の地形にあった「池」

池袋の地名の由来として最も有力とされているのが、「袋のような地形の窪地に池があった」という説です。江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には、「池袋村は地高くして、東北方にのみ水田があり、地形が袋のようだった」と記されています。周囲を台地に囲まれ、水が集まりやすい地形の底に池が形成され、それが人々の生活や農業用水として利用されていました。この地形的特徴が「池袋」という地名の基礎になったと考えられています。

丸池(袋池)と弦巻川の源流

現在の池袋駅西口周辺には、かつて「丸池」、または通称「袋池」と呼ばれる池が存在していました。この池は弦巻川の源流にあたり、雑司ヶ谷方面へと水を供給する重要な水源でした。丸池の存在は、池袋が単なる地名ではなく、水と深く結びついた土地であったことを示しています。

池袋の地名を今に伝える場所

元池袋史跡公園

現在、丸池ゆかりの地には「元池袋史跡公園」が整備されています。1998年(平成10年)に開園したこの小さな公園には、「池袋地名ゆかりの池」と刻まれた石碑やモニュメントが設置されています。繁華街の中にありながら、池袋の原風景を静かに伝える場所として、知る人ぞ知る史跡となっています。

鉄道開業と池袋の発展

池袋駅の誕生と利用者の増加

池袋駅は1903年(明治36年)4月1日、日本鉄道によって「池袋信号場」から駅へと昇格しました。当初の周辺は田畑や雑木林が広がる静かな地域で、駅の利用者も1日数十人程度に過ぎませんでした。しかし、都市の拡大とともに利用者は着実に増加し、大正から昭和にかけて急速に発展していきます。

巨大ターミナルへの成長

1914年に東武東上線、1915年に西武池袋線が乗り入れたことで、池袋は私鉄と国鉄を結ぶ重要な拠点となりました。さらに戦後には丸ノ内線、有楽町線、副都心線が次々と開通し、現在では多路線が集まる日本有数の交通結節点となっています。こうした鉄道網の発展が、池袋を単なる地名から「都市の顔」へと押し上げたのです。

まとめ

池袋という地名は、かつて袋状の地形に池が広がっていた自然環境から生まれました。鉄道の開業と都市化によって風景は一変しましたが、その名前には今も土地の記憶が刻まれています。巨大ターミナルとして賑わう池袋を歩くとき、かつて池が水を湛えていた静かな土地の姿を思い浮かべてみるのもひとつの楽しみ方かもしれません。

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