神田明神(東京・千代田区)〜商売繁盛や縁結びのパワースポット!御朱印の情報やご利益、歴史をご紹介します!〜

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神田明神(神田神社)ってどんなところ?ご利益は?御朱印の料金、いただける場所、時間など、本記事では実際に神田明神に参拝していただいた御朱印、神社の特徴について解説いたします!
 

神田明神とは?

神田明神

神田明神は1300年の歴史を持つ東京・千代田区の古社です。江戸時代には「江戸総鎮守」として徳川将軍家から庶民まで広く信仰されました。現在も都心の守り神として親しまれ、多くの参拝客で訪れます。

基本情報
神田明神(かんだみょうじん)
所在地:東京都千代田区外神田2-16-2
TEL:03-3254-0753
参拝時間:9:00~16:00

御利益と御祭神

神田明神がお祀りしているのは大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、平将門命(たいらのまさかどのみこと)の三柱です。

御利益・御祭神
◆御祭神
・大己貴命(おおなむちのみこと)
・少彦名命(すくなひこなのみこと)
・平将門命(たいらのまさかどのみこと)
◆御利益
・商売繁盛、厄除け、縁結び、IT安全守護など

歴史

神田明神

 神田明神は奈良時代の天平2年(730年)、出雲系の真神田臣(まかんだおみ)によって、現在の千代田区大手町付近にあたる芝崎村に創建されました。
 当初から地域の守護神として信仰されていましたが、鎌倉時代になると将門塚周辺での天変地異が続き、これを平将門の御神威と恐れた人々の声を受け、延慶2年(1309年)、時宗の真教上人がその霊を慰め神田明神に奉祀しました。これにより、将門公は御祭神の一柱として祀られ、怨霊から守護神へと転じていきます。
 戦国時代には太田道灌や北条氏綱らに崇敬され、関ヶ原の戦いでは徳川家康が戦勝を祈願し、勝利したことで神田明神は幕府にとって特別な存在となりました。特に戦いが神田祭の日に行われた縁から、祭は縁起の良いものとして幕府の保護を受け続けました。元和2年(1616年)には江戸城の表鬼門を守る現在の地に遷され、幕府によって社殿が造営され、「江戸総鎮守」として庶民にも広く信仰されるようになります。
 明治時代には「神田神社」と改称され、明治天皇の親拝を受けるなど、近代国家からも重んじられました。大正12年の関東大震災で社殿を焼失しますが、昭和9年には鉄骨鉄筋コンクリート造で再建。戦時中の東京大空襲でも焼失を免れ、戦後は随神門や明神会館などが整備され、かつての姿を取り戻しました。

神田明神のアクセス


アクセス
◆所在地
東京都千代田区外神田2-16-2
◆交通機関
・JR中央線・東京メトロ丸ノ内線「御茶ノ水駅」徒歩5分

神田明神の御朱印

神田明神

神田明神では上記のような御朱印をいただくことができます!

神田明神

御朱印と合わせてクリアファイルをいただきました!

御朱印情報
授与時間:9:00~16:00
場所:社務所
御朱印代(初穂料):500円
授受形式:書き置き
公式サイト公式ホームページ

神田明神の見どころをご紹介!

神田明神

鳥居をくぐって参拝スタート!

神田明神

手水舎で身を清めていきましょう!

神田明神

隨神門がありました!昭和50年に建立されたものだそうです!

神田明神

境内には御祭神である「大己貴命(大黒天様)」の像がありました!高さ6.6メートルと、近くで見ると圧巻されます。

神田明神

境内には「少彦名命(えびす様)」の像もありました!
こちらでもお参りしていきましょう!

神田明神

獅子山がありました!夫婦の石獅子が山の上に乗っています。江戸時代に関東三大獅子の一つとして奉献されたものだそうです。

神田明神

境内社として江戸神社がありました。大宝2年(702年)に江戸の地・現在の皇居内に創建、江戸最古の地主神として知られています。

神田明神

そのほか、八雲神社や水神社、三宿・金刀比羅神社など多くの境内社が神田明神にあります!ぜひこちらでも参拝していきましょう!

神田明神

力石がありました!力石は江戸時代〜明治時代にかけて鍛錬や娯楽として力試しに用いられたそうです。

神田明神

神田明神では各種絵馬やおみくじをいただくことができます!

神田明神

絵馬は大国主命(=大己貴命)のデザインが描かれたものをいただくことができます!

神田明神

お守りや御朱印、お土産などは文化交流館でいただくことができます!

まとめ

読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる神田明神にお立ち寄りください!

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