那古野神社とは?
那古野神社は、延喜11年(911)に創建された名古屋の古社で、もとは牛頭天王を祀る天王社として始まりました。名古屋城築城の際には城内に鎮座し、総鎮守として篤く崇敬を受けた由緒を持ちます。明治以降は須佐之男命を主祭神とし、社名を那古野神社と改めました。戦災による焼失と再建を経て、現在も名古屋の歴史を伝える氏神として親しまれています。
所在地:名古屋市中区三の丸2-3-17
TEL:052-231-4030
参拝時間:9:00~17:00
御利益と御祭神
那古野神社がお祀りしているのは須佐之男神、奇稲田姫神、八柱神、兵主神です。
・須佐之男神
・奇稲田姫神
・八柱神
・兵主神
◆御利益
・厄除け、縁結び、家内安全など
歴史

那古野神社の創建は延喜11年(911年)、醍醐天皇の勅命により八王子社・若宮八幡社の隣に建立されたことに始まります。当初は牛頭天王を祀る天王社で、総本社である津島神社の流れを汲む社の一つでした。
戦国期の天文元年(1532年)、織田信秀が今川氏豊から那古野城を奪取した戦火により社殿は焼失しますが、天文8年(1540年)に信秀によって再建されます。さらに文禄4年(1595年)には豊臣秀吉から348石の社領寄進を受け、尾張の有力社としての基盤を固めました。
慶長15年(1610年)、徳川家康が名古屋城を築く際に境内は城郭内に取り込まれることになります。家康が神意を占ったところ遷座不可との結果が出たため、そのまま三之丸の地に鎮座し、名古屋城の総鎮守・名古屋の氏神として崇敬を集めました。隣接社が移転する中で、、別当寺・亀尾山安養寺を伴って「亀尾天王社」とも称されました。
江戸初期には尾張藩主徳川義直が社領を安堵し社殿を修造、摂社の創建も行われます。元和5年(1619年)には西隣に名古屋東照宮が建立され、城下の信仰空間が整えられました。
明治維新後の神仏分離により祭神は牛頭天王から須佐之男命へと改められ、社名も須佐之男神社と改称。さらに1876年、名古屋鎮台設置に伴い現在地へ移転しました。1899年に那古野神社と復称され、近代には能舞台を備え月次能が催されるなど文化的役割も担います。
しかし1945年の名古屋大空襲で本殿は焼失。戦後の1959年に再建され、現在に至ります。
那古野神社のアクセス
名古屋市中区三の丸2-3-17
◆交通機関
地下鉄桜通線・鶴舞線「丸の内」徒歩5分
那古野神社の御朱印

那古野神社では上記のような御朱印をいただくことができます!
場所:社務所
御朱印代(初穂料):500円
授受形式:直書き
公式サイト:-
那古野神社の見どころをご紹介!

鳥居をくぐって参拝スタート!

手水舎で身を清めていきましょう!手水舎には龍がいらっしぃました。

社殿は1959年に再建され現在に至ります。

那古野神社には境内社がいくつかあります。上記は「金山神社」で、岐阜県の南宮神社の御分霊を祭祀する神社です。

境内の左側には「福寿稲荷社」がありました。五穀豊穣、商売繁盛のご利益をいただくことができます。

左から日進社、月進社、白山社、弥五郎社、青麻社の五社が並んでいます。

その他、那古野神社では各種おみくじや絵馬などをいただくことができます!
まとめ
読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる那古野神社にお立ち寄りください!

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