歌懸稲荷神社とは?
山形市中心部に鎮座する歌懸稲荷神社は、街中にありながら落ち着いた空気が流れる神社です。商売繁盛や五穀豊穣のご利益で知られ、地元の人々から長く親しまれてきました。境内は比較的コンパクトで参拝しやすく、買い物や街歩きの途中にも立ち寄りやすいのが魅力です。「歌懸」という珍しい社名は、かつて参拝者が和歌や短歌を奉納していた風習に由来すると伝えられており、山形の城下町文化を感じられる神社としても知られています。山形駅からアクセスしやすい立地にあり、周辺観光とあわせてゆっくり巡るのもおすすめです。
所在地:山形県山形市十日町1-1-26
TEL:023-622-1858
参拝時間:9:00~17:00
御利益と御祭神
歌懸稲荷神社がお祀りしているのは稲倉魂命です。
・稲倉魂命
◆御利益
・五穀豊穣、商売繁盛、開運招福、縁結びなど
歴史

歌懸稲荷神社は、山形市中心部に鎮座する歴史ある神社で、その起源は室町時代にまでさかのぼると伝えられています。山形城主・斯波兼頼が山形城の守り神として城内に建立したのが始まりとされ、その後は最上家代々から篤く信仰されました。10代当主・最上義定が社殿を整え、12代当主・最上義光も戦勝祈願を行うなど、山形城と深い関わりを持つ神社として発展していきました。
現在の歌懸稲荷神社の基礎となったのは、元和4年(1618年)に「五佛山吉祥院」という寺院が、神仏習合のもと京都・伏見から勧進したお稲荷様を祀ったことによるものです。当時は山形城下の「稲荷口」と呼ばれる場所、現在の山形駅周辺付近に鎮座していました。
「歌懸」という社名は、参拝者が和歌や短歌、連歌を奉納していた風習に由来すると伝えられています。神社に残る『奉加帳』には、「社前に稲荷橋という橋があり、和歌を詠んで橋を渡った」と記されており、歌を詠まなければ渡れない橋があったともいわれています。この雅やかな文化から「歌懸」の名が生まれ、現在まで受け継がれてきました。また、歌を好んだ文化人としても知られる最上義光公の影響が、この風習に関わっていたのではないかとも考えられています。
元和8年(1622年)に最上家が改易されると、新たに山形藩主となった鳥居忠政によって、神社は現在地へ移されました。その後は毎月10日の縁日に門前市が開かれるようになり、これが現在の「十日町」の地名の由来になったとも伝えられています。
歌懸稲荷神社のアクセス
山形県山形市十日町1-1-26
◆交通機関
JR「山形駅」徒歩8分
歌懸稲荷神社の御朱印

歌懸稲荷神社では上記のような御朱印をいただくことができます!狛狐が描かれたデザインのものです。
歌懸稲荷神社の見どころをご紹介!

鳥居をくぐって参拝スタート!

鳥居をくぐるとすぐ近くに手水舎があります。こちらで身を清めていきましょう。

その近くには「市神様」がいらっしゃいます。市神様は昔から商売繁盛の神様として厚い信仰を集めており、戦後に歌懸稲荷神社境内に移されて現在に至ります。

左手には一ノ鳥居があります。慶応3年(1867年)に建立されたものが現存します。

一ノ鳥居をくぐった先にあるのが社殿です。「稲倉魂命」をお祀りしています。

お賽銭箱の近くには水みくじのお水があります。社務所で水みくじをいただいてこちらの水に浸すことでおみくじの結果が浮かび上がります。

社殿の近くには御神木である「イチイの木」があります。2012年の爆弾低気圧の影響で倒木しましたが、根に損傷はなく現在も無事に生き続けています。

境内の右手には境内社である「神明神社」があります。この神明神社では天照大御神をお祀りしています。

境内の手前には「子育て地蔵尊」がいらっしゃいます。地域の子供たちや育児をする親の守り神として古来より厚い信仰を受けています。

またその近くには「新海竹太郎氏の銅像」があります。新海竹太郎氏は十日町生まれの著名な彫刻家です。

その他、歌懸稲荷神社では各種おみくじや絵馬をいただくことができます!
まとめ
読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる歌懸稲荷神社にお立ち寄りください!

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