【日本の地名】「新木場」の地名の由来とは?江戸の貯木場から臨海ビジネス街へ

日本の地名

新木場(しんきば)は、東京湾に面し、東京ゲートブリッジや若洲海浜公園を望む臨海部のビジネス街として知られています。オフィスビルやライブハウスが立ち並ぶ現在の姿からは想像しにくいですが、その地名には江戸時代から続く「木材の街」としての歴史が刻まれています。この記事ではそんな新木場の地名の由来について解説します!

木場とは何か|海に浮かべて保管された材木

「新木場」という名前に含まれる「木場」とは、貯木場、つまり材木を保管する場所を意味します。江戸や東京では、建築や復興のために大量の材木が必要とされてきました。これらの材木は海路で運ばれ、貯木場に集められます。 特徴的なのは、丸太を地面に積むのではなく、海に浮かべて保管していた点です。 丸太は乾燥するとひび割れが起きやすく、虫害の原因にもなります。そのため、海水と淡水が混ざる汽水域は、材木の品質を保つのに最適な環境でした。こうした理由から、木場は必ず海辺に設けられていました。

江戸の都市開発とともに移動した木場

実は、新木場が最初の木場ではありません。 江戸初期、貯木場は日比谷入江にありました。その後、埋め立てによって不便になると、深川元木場(現在の江東区福住付近)へ移転します。 さらに都市開発や埋め立てが進むと、深川の木場も内陸化してしまいます。そこで1969年、荒川河口に近い沖合の埋立地に新たに造られたのが「新木場」でした。 つまり、新木場とは「新しく造られた木場」という、非常に分かりやすい由来を持つ地名なのです。

新木場の貯木場と現在の姿

新木場の貯木場は、T字型の小島によって南北に分かれ、北が14号地第1貯木場、南が第2貯木場となっています。この風景は現在でも、京葉線やりんかい線の車窓から見ることができます。 もっとも、近年は丸太の形で木材を輸入することが減り、貯木場の多くは使われなくなりました。木材需要の変化を受け、新木場はオフィスビルや物流拠点、ライブハウスなどを誘致し、街の役割を大きく転換していきます。 1988年の有楽町線、1990年のJR京葉線、1996年のりんかい線の開通により、鉄道交通の要衝となったことも、新木場の発展を後押ししました。

木の香りが残る街

かつての貯木場や製材所から漂う木の香りは、2001年に環境省「かおり風景100選」にも選ばれています。都市化が進んだ現在でも、新木場には材木の街としての記憶が静かに息づいているのです。

まとめ

新木場の地名は、江戸時代から続く材木文化と都市の変遷をそのまま映し出しています。日比谷入江、深川元木場、そして新木場へ、木場は都市開発のたびに移動し、そのたびに新しい地名と街を生み出してきました。現在の新木場は臨海ビジネス街として発展していますが、その足元には、江戸の暮らしを支えた貯木場の歴史があります。街を歩くとき、あるいは電車の車窓から貯木場を眺めるとき、「新木場」という名前の意味を思い出してみると、いつもの風景が少し違って見えてくるかもしれません。

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