東京都千代田区にある大手町は、丸の内と並び、日本を代表するオフィス街として知られています。官庁・金融機関・大企業の本社が集まるこの街の名前は、実は江戸城の構造と深く結びついた地名です。この記事ではそんな大手町の地名の由来について解説します!
江戸城「大手門」と大手町
「大手」とは城の正面を意味する言葉
「大手」とは、城の正面にあたる表門のことを指します。江戸城における大手門は、本丸へ通じる正門中の正門であり、城の格式と権威を象徴する存在でした。現在の大手町一帯は、この江戸城本丸大手門の正面(大手前)に位置していたことから、地名の由来となっています。
江戸時代は「大手前」と呼ばれていた
江戸時代、この地域は「大手前」と呼ばれ、幕府の要職に就く大名や将軍家と関係の深い親藩の上屋敷が立ち並ぶ、きわめて重要な場所でした。城の正面という立地から、防衛と政治の両面で重視された地域だったのです。
「大手町」という町名の誕生
現在の「大手町」という町名が誕生したのは、1872年(明治5年)のことです。江戸時代の呼称であった「大手前」をもとに、近代的な町名として「大手町」が定められました。以後、江戸城跡が皇居となり、周辺には官庁や企業が集積。大手町は、政治と経済の中枢を担う街へと姿を変えていきました。
丸の内・有楽町との関係
大手町は、隣接する丸の内・有楽町とともに、「大手町・丸の内・有楽町」の頭文字を取った「大丸有(だいまるゆう)地区」と総称されています。丸の内は江戸時代の「御曲輪内(おくるわうち)」に由来し、有楽町は茶人・織田有楽斎(長益)の名に由来しています。これらはいずれも、江戸城と深く結びついた地名です。
まとめ
大手町という地名は、江戸城本丸の正門・大手門の前に位置していたことに由来します。江戸時代は大名屋敷が並ぶ要地、明治以降は官庁街・オフィス街へと変貌し、現在では日本経済の中心地として、その名にふさわしい役割を担っています。城下町の記憶を今に伝える「大手町」は、歴史と現代が重なり合う東京屈指の地名といえます。


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