平安時代【延喜・延長の治とは】平安王権の最盛期を築いた醍醐・村上天皇 延喜・延長の治(えんぎ・えんちょうのち)は、10世紀前半に醍醐天皇とその子・村上天皇のもとで行われた政治体制を指す言葉です。この時代、摂政・関白を置かずに天皇自らが政治を行い、律令制度の再建や文化の発展が進みました。平安時代の王権が最も安定... 2025.06.11平安時代
平安時代【昌泰の変とは】菅原道真の左遷と怨霊伝説の始まり 平安時代中期、天皇親政のもとで活躍していた学者政治家・菅原道真は、ある日突然、政界を追われて太宰府へ左遷されます。この事件は「昌泰の変(しょうたいのへん)」と呼ばれ、平安貴族社会の権力闘争の一端を示すものとして知られます。また、この左遷のの... 2025.06.11平安時代
平安時代【寛平の治とは】宇多・醍醐天皇による親政と律令再建 平安時代中期、日本の政治は藤原氏による摂関政治へと傾きつつある中で、一時的に天皇自らが政務を主導する「親政」の時代が訪れました。特に第59代・宇多天皇と第60代・醍醐天皇の治世は、政治の刷新と律令制度の再建に尽力した時期として知られ、「寛平... 2025.06.11平安時代
平安時代【阿衡の紛議とは】藤原基経と宇多天皇の政治的駆け引き 平安時代中期、天皇中心の政治から、摂政・関白といった藤原氏による実質的な支配体制へと移行していく中で、象徴的な出来事がいくつか起こります。その一つが、阿衡の紛議(あこうのふんぎ)です。この事件は、藤原基経(ふじわらのもとつね)と宇多天皇(う... 2025.06.10平安時代
平安時代【応天門の変とは】伴善男の失脚と藤原氏の台頭 平安時代の朝廷では、皇位継承や権力争いをめぐって貴族たちの暗闘が繰り広げられていました。その中で大きな転換点となったのが、866年に発生した「応天門の変(おうてんもんのへん)」です。宮中の正門である応天門が放火され、その責任を巡って政界が揺... 2025.06.10平安時代
平安時代【承和の変とは】藤原良房による政敵排除と摂関政治の布石 平安時代の政治は、天皇を中心としながらも、有力貴族が政権を握る体制へと変化していきました。その転換点の一つが、842年に発生した「承和の変(じょうわのへん)」です。この事件は、藤原良房が政敵である伴健岑(とものこわみね)・橘逸勢(たちばなの... 2025.06.10平安時代
平安時代【薬子の変とは】嵯峨天皇と平城上皇の対立劇 平安時代初期、日本の政治の中心が奈良から京都へと移り変わる中で、一つの大きな政変が起こります。それが「薬子の変(くすこのへん)」です。これは、平城上皇と現役天皇である嵯峨天皇との間で起こった政争であり、上皇の寵妃・藤原薬子が深く関わったこと... 2025.06.10平安時代
室町時代【嘉吉の変とは】赤松満祐が将軍・足利義教を暗殺した事件とは 室町幕府の中期、将軍権力が最も強く振るわれた時代に起きた衝撃的な事件が「嘉吉の変(かきつのへん)」です。この事件では、将軍・足利義教(あしかが よしのり)が、家臣の一人である赤松満祐(あかまつ みつすけ)によって暗殺されるという、日本史上で... 2025.06.10室町時代
室町時代【応永の乱とは】大内義弘と幕府の激突、その背景と結果 室町時代中期、幕府と有力守護大名との間で再び緊張が高まった事件が「応永の乱(おうえいのらん)」です。明徳の乱で山名氏を制圧した後、室町幕府は中央集権体制の強化を進めていましたが、それに不満を抱いたのが西国の名門・大内義弘でした。この乱は、足... 2025.06.10室町時代
室町時代【明徳の乱とは】山名氏清の挙兵と室町幕府の権力闘争を解説 室町幕府の中期、守護大名の勢力争いが激化する中で起きた「明徳の乱(めいとくのらん)」。この事件は、当時“六分の一殿”と称された有力守護・山名氏清と、将軍・足利義満との対立から発展した戦乱です。足利義満が幕府の権威を強化し、守護勢力を統制する... 2025.06.10室町時代