南北朝時代【日本史】新田義興とは?武蔵野合戦と矢口渡しでの最期を解説 新田義興は、南北朝時代に南朝方として関東で戦った武将です。鎌倉幕府を倒した新田義貞の子にあたり、1352年には兄弟の義宗らとともに鎌倉を一時占めました。その後も東国で活動を続け、1358年に多摩川の渡し場で命を落とします。義興の生涯を武蔵野... 2026.09.30南北朝時代
南北朝時代【日本史】新田義宗とは?義貞の子が挑んだ武蔵野合戦と笛吹峠 新田義宗(にったよしむね)は、鎌倉幕府を倒した新田義貞の子です。父の死後も南朝方として活動し、兄の義興らとともに東国で足利尊氏に挑みました。1352年の武蔵野での戦いでは、鎌倉へ迫る進軍の後、笛吹峠で尊氏方と戦います。新田一族がなぜ再び関東... 2026.09.30南北朝時代
南北朝時代【日本史】細川顕氏とは?河内守護として南朝と戦った足利一門の武将 細川顕氏(ほそかわあきうじ)は、足利尊氏に従った細川一族の武将です。室町幕府が成立へ向かうころ、河内守護に任じられ、南朝方が拠る地域で戦いました。1347年に楠木正行が攻勢をかけると、顕氏は藤井寺や住吉・天王寺で敗れます。その敗戦だけに注目... 2026.09.28南北朝時代
南北朝時代【日本史】桃井直常とは?足利直義に従い観応の擾乱を戦った越中守護 桃井直常(もものい なおつね/ただつね)は、南北朝時代に足利直義を支え続けた武将です。足利一門に連なる家柄をもち、若狭・伊賀・越中の守護を歴任しながら、幕府成立期の戦いで頭角を現しました。直常の名が大きく現れるのは、足利尊氏と弟・直義が争っ... 2026.09.28南北朝時代
南北朝時代【日本史】高師泰とは?高師直の弟が担った河内攻防と観応の擾乱 高師泰(こうのもろやす)は、南北朝時代の武将で、室町幕府の執事として力を持った高師直の弟です。楠木正行との戦いの後には河内で南朝方の拠点を攻め、長く続く攻防の中心に立ちました。兄の師直ほど名前が知られていなくても、師泰の動きを追うと、幕府の... 2026.09.27南北朝時代
南北朝時代【日本史】土岐頼康とは?三か国守護と康暦の政変で示した力 土岐頼康(とき よりやす)は、南北朝時代から室町時代初期にかけて活躍した武将です。叔父の土岐頼遠が処刑されたのち土岐氏の惣領となり、美濃・尾張・伊勢の三か国で守護を務めました。頼康は足利尊氏・義詮・義満の三代に仕え、領国経営と幕府政治の双方... 2026.09.27南北朝時代
南北朝時代【日本史】土岐頼遠とは?青野原で奮戦した美濃守護と光厳上皇への狼藉 土岐頼遠(とき よりとお)は、南北朝時代の初めに足利尊氏・足利直義兄弟を支えた美濃国の武将です。各地の戦いを重ね、1338年の青野原の戦いでは敗勢の足利方にあって目立った働きを見せた人物として知られています。その一方、1342年には京都で光... 2026.09.27南北朝時代
南北朝時代【日本史】畠山国清とは?鎌倉府の執事から伊豆での失脚までを解説 畠山国清は、南北朝時代に鎌倉府の執事として関東の政治と軍事を担った武将です。若い足利基氏を支える立場から大きな権限を持ち、関東の武士を率いて京都方面の戦いにも参加しました。しかし、遠征後の武士たちの不満が広がり、国清は基氏のもとを離れて伊豆... 2026.09.26南北朝時代日本史
南北朝時代【日本史】薩埵峠の戦いとは?観応の擾乱で足利尊氏と直義が争った駿河の戦い 薩埵峠の戦いは、1351年の観応の擾乱で、足利尊氏方と弟の足利直義方が駿河国の交通路をめぐって争った戦いです。現在の静岡県静岡市清水区付近、海と山が迫る東海道の要地が舞台となりました。尊氏と直義の対立は、将軍家の兄弟げんかにとどまらず、各地... 2026.09.26南北朝時代
南北朝時代【日本史】武蔵野合戦とは?新田義興・義宗と足利尊氏が争った1352年の戦い 武蔵野合戦は、南北朝時代の1352年に関東で起きた一連の戦いです。新田義興・義宗ら南朝方が鎌倉を占め、足利尊氏の軍勢と武蔵国の各地で争いました。戦場は一か所に限らず、現在の東京西部から埼玉県南部にかけて広がりました。南朝方は一時、関東の政治... 2026.09.26南北朝時代