北口本宮冨士浅間神社(山梨)〜富士登山の入り口にして富士山信仰のパワースポット!御朱印の情報やご利益、歴史をご紹介します!〜

山梨県
北口本宮冨士浅間神社ってどんなところ?ご利益は?御朱印の料金、いただける場所、時間など、本記事では実際に北口本宮冨士浅間神社に参拝していただいた御朱印、神社の特徴について解説いたします!
 

北口本宮冨士浅間神社とは?

北口本宮冨士浅間神社は、山梨県富士吉田市に鎮座する、富士山信仰を代表する古社です。日本武尊がこの地から富士山を遥拝したことを起源とし、江戸時代には富士講の隆盛とともに、吉田口から富士山を目指す人々の信仰拠点として栄えました。境内には国の重要文化財に指定された本殿など歴史ある社殿が残り、現在も富士登山と信仰の歴史を伝えています。

基本情報
北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)
所在地:山梨県富士吉田市上吉田5558
TEL:0555-22-0221
参拝時間:8:30~17:00

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御利益と御祭神

北口本宮冨士浅間神社がお祀りしているのは木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火瓊瓊杵尊(ひこほのににぎのみこと)、大山祇神(おおやまづみのかみ)です。

御利益・御祭神
◆御祭神
・木花開耶姫命、彦火瓊瓊杵尊、大山祇神
◆御利益
・安産、火伏せ、夫婦円満、夫婦和合など

歴史

北口本宮冨士浅間神社

 北口本宮冨士浅間神社は、山梨県富士吉田市に鎮座する、富士山信仰を代表する神社の一つです。その起源は、景行天皇40年(110年)の日本武尊による東征の伝承にまでさかのぼります。
 日本武尊が相模国から甲斐国へ向かう途中、「大塚丘」に立ち寄って富士山を遥拝し、「北方に美しく広がる裾野をもつ富士は、この地より拝すべし」と語ったと伝えられています。これを受けて大塚丘に鳥居が建てられ、景行天皇50年には祠を設け、浅間大神と日本武尊を祀ったことが神社の始まりとされています。
 天応元年(781年)に富士山が噴火すると、甲斐国主の紀豊庭が卜占を行い、延暦7年(788年)には大塚丘の北側に社殿を建立しました。浅間大神を現在の境内へ遷し、大塚丘には日本武尊を祀ったとされています。当時の富士山は神そのものが宿る神聖な山と考えられ、人々がむやみに立ち入る場所ではありませんでした。そのため、この地から富士山を遥拝し、祭祀を行っていたと考えられています。
 やがて山岳信仰や修験道が広まると、富士山は遠くから拝む山から、登ること自体を信仰とする「登拝」の山へと変化していきました。戦国時代には藤原角行が富士山で修行し、後に富士講の開祖として仰がれます。江戸時代になると富士講は「江戸の八百八町に八百八講」といわれるほど隆盛し、北口本宮冨士浅間神社は吉田口登山道から富士山を目指す人々の重要な信仰拠点となりました。
 享保18年(1733年)から元文3年(1738年)には、富士講の指導者・村上光清によって大規模な境内整備が行われ、現在につながる社殿や境内が整えられました。また、歴代の武将からも篤い崇敬を受け、北条氏や武田信玄、浅野氏などによって社殿の造営・再建が重ねられています。
 現在も武田信玄が永禄4年(1561年)に再建した「東宮本殿」、浅野氏重による「西宮本殿」、元和元年(1615年)に鳥居成次が建立した現在の本殿が残され、いずれも国の重要文化財に指定されています。

北口本宮冨士浅間神社のアクセス

アクセス
◆所在地
山梨県富士吉田市上吉田5558
◆交通機関
富士急行線「富士山駅」徒歩20分、バス「浅間神社前」すぐ

北口本宮冨士浅間神社の御朱印

北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社では上記のような御朱印をいただくことができます!

御朱印情報
授与時間:8:30~17:00
場所:社務所
御朱印代(初穂料):500円
授受形式:直書き
公式サイト:公式ホームページ

北口本宮冨士浅間神社の見どころをご紹介!

北口本宮冨士浅間神社

鳥居をくぐって参拝スタート!

木々に囲まれた神秘的な参道を通って大鳥居まで向かいます。

北口本宮冨士浅間神社

参道を進むと朱色の大鳥居を見ることができます。

北口本宮冨士浅間神社

大鳥居の右手には稲荷社があります。商売繁盛や家内安全、交通安全のご利益をいただくことができます。

北口本宮冨士浅間神社

大鳥居の左手にあるのが福地八幡社です。応神天皇をお祀りしており、勝負運や仕事運などのご利益をいただくことができます。

大鳥居をくぐると随神門が見えてきます。随神門は、神社に邪悪なものが入り込まないように守護する二神の像を左右に安置する門です。

北口本宮冨士浅間神社

随神門を通るといよいよ本殿に辿り着きます。本殿の前には神楽殿がありました。朱色に輝く神楽殿です。

北口本宮冨士浅間神社

そして、神楽殿の奥に広がるのが拝殿と本殿です。拝殿は元文4年(1739年)に村上光清師によって建立されたもの、本殿は元和元年(1615年)に鳥居土佐守によって創建されました。

北口本宮冨士浅間神社

本殿の右手には西宮本殿があります。文禄3年(1594年)に浅野左衛門佐によって建立されたもので、国指定重要文化財に指定されています。

北口本宮冨士浅間神社

本殿の左手には東宮本殿があります。貞応2年(1223年)に北条義時によって創建されたあと、永禄4年(1561年)に武田信玄によって造営されました。こちらも同じく国指定重要文化財に指定されています。

北口本宮冨士浅間神社

また、東宮本殿の近くには「夫婦うめ」があります。八重咲きの花が二つ並んで咲き、実を結ぶことから夫婦うめと呼ばれており、子授けや夫婦円満のご利益をいただくことができます。

北口本宮冨士浅間神社

また、境内には多くの境内社がありますが、そのうちの一つが諏訪神社です。ここ一帯の地主神と伝わる神社で、創建は未詳です。現在の拝殿は慶安2年(1649年)に建立されたもので、本殿は昭和51年に再建されたものが現存します。

北口本宮冨士浅間神社

境内の右奥には冨士山登山道吉田口の入り口があります。吉田口はここから登頂を開始します。

北口本宮冨士浅間神社

富士山と書かれた鳥居をくぐって登頂スタートです!目の前には祖霊社があります。

北口本宮冨士浅間神社

登山道を5分ほど登って見えてくるのが「大塚丘」です。日本武尊が相模国から甲斐国へ向かう途中、「大塚丘」に立ち寄って富士山を遥拝し、「北方に美しく広がる裾野をもつ富士は、この地より拝すべし」と語ったと伝えられています。

北口本宮冨士浅間神社

祠が建てられ、日本武尊をお祀りするようになりました。

浅間茶屋

北口本宮冨士浅間神社

境内の左奥には浅間茶屋があります。山梨の郷土料理である「ほうとう」や「うどん」、「鳥もつ」などをいただくことができます!

北口本宮冨士浅間神社
きのこほうとう

どれも美味しいのでぜひ参拝と合わせて立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

まとめ

読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる北口本宮冨士浅間神社にお立ち寄りください!

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