坐摩神社(大阪)〜渡辺姓発祥地である神功皇后ゆかりの古社!御朱印の情報やご利益、歴史をご紹介します!〜

大阪府
坐摩神社ってどんなところ?ご利益は?御朱印の料金、いただける場所、時間など、本記事では実際に坐摩神社に参拝していただいた御朱印、神社の特徴について解説いたします!
 

坐摩神社とは?

坐摩神社(いかすりじんじゃ)は、大阪府大阪市中央区に鎮座する、摂津国一宮を称する古社です。神功皇后が淀川河口に神を祀ったことが始まりと伝えられ、平安時代には『延喜式』に名を連ねました。豊臣秀吉の大坂城築城に伴い現在地へ移され、船場の発展とともに信仰を集めてきました。「渡辺」姓の発祥地や上方落語ゆかりの神社としても知られ、大阪の歴史と文化を今に伝えています。

基本情報
坐摩神社(いかすりじんじゃ)
所在地:大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺3号
TEL:06-6251-4792
参拝時間:7:30~17:30

大阪には他にも寺社仏閣めぐりができる場所がたくさんあります。気になる方はこちらの記事を参考に、寺社仏閣めぐりや旅行を楽しんでみてください!

御利益と御祭神

坐摩神社がお祀りしているのは生井神(いくいのかみ)、福井神(さくいのかみ)、綱長井神(つながいのかみ)、阿須波神(あすはのかみ)、波比岐神(はひきのかみ)の5柱です。合わせて坐摩大神と称されます。

御利益・御祭神
◆御祭神
・生井神、福井神、綱長井神、阿須波神、波比岐神
◆御利益
・住居守護、旅行安全、安産守護など

歴史

坐摩神社

 坐摩神社は、大阪府大阪市中央区に鎮座する神社で、古くから摂津国一宮を称してきた由緒ある古社です。
 創建年代には諸説ありますが、社伝によると、神功皇后が朝鮮半島から帰還した際、淀川河口の大江・田蓑島と呼ばれる地に坐摩神を祀ったことが始まりとされています。平安時代の『延喜式』には摂津国西成郡で唯一の大社として記され、天慶2年(939年)には雨乞いを行う祈雨十一社の一つに数えられるなど、古くから朝廷や地域の人々の信仰を集めてきました。
 かつて神社が鎮座していた場所は「渡辺津」と呼ばれ、京都と瀬戸内海を結ぶ水運の拠点として栄えていました。この地には後に「渡辺党」と呼ばれる武士団が成立し、水軍として各地で活躍しました。現在も全国に見られる「渡辺」姓は、この渡辺津の地名に由来するとされています。 
 また、渡辺津は熊野詣の出発点でもあり、熊野古道に設けられた「熊野九十九王子」の最初の社とされる窪津王子も、この付近にあったと伝えられています。
 天正年間、豊臣秀吉が大坂城を築く際、坐摩神社は移転を命じられ、江戸時代初期までに現在の船場の地へ遷座しました。旧社地とされる石町には、現在も坐摩神社の行宮が残されています。
 江戸時代になると、神社周辺は商業の中心地として発展しました。特に古着商や陶器問屋が集まり、船場の商業文化を支える地域となります。また、初代桂文治が境内で寄席を開いたと伝えられ、上方落語発祥の地の一つとしても知られています。
 明治元年(1868年)には明治天皇が参拝し、相撲を観覧したと伝えられています。その後、昭和11年(1936年)には官幣中社に昇格し、壮麗な社殿が造営されました。しかし、昭和20年(1945年)の大阪大空襲によって社殿は焼失しました。
 戦後の昭和34年(1959年)から昭和35年(1960年)にかけて社殿が再建され、戦前の姿を受け継ぐ現在の社殿が整えられました。
 現在も坐摩神社は船場の総鎮守として信仰され、境内には上方落語寄席発祥の地を示す記念碑などが残されています。また、所在地には「渡辺」の地名が今も残されており、古代の港町から商業都市・大阪へと続く歴史を伝えています。

坐摩神社のアクセス

アクセス
◆所在地
大阪市中央区久太郎町4丁目渡辺3号
◆交通機関
市営地下鉄「本町駅」徒歩3分

坐摩神社の御朱印

坐摩神社

坐摩神社では上記のような御朱印をいただくことができます!

左上には御神紋である「白鷺」が描かれています。これは神功皇后の創建伝承に由来し、神功皇后が坐摩神のお告げに従い、現在の天満橋付近にある田蓑島で、松の枝に白鷺が群がる場所を選んで神を祀ったと伝えられています。この故事から、白鷺が神社の象徴となりました。

御朱印情報
授与時間:7:30~17:30
場所:社務所
御朱印代(初穂料):500円
授受形式:直書き
公式サイト:公式ホームページ

坐摩神社の見どころをご紹介!

坐摩神社

鳥居をくぐって参拝スタート!

坐摩神社

鳥居は珍しい「三ツ鳥居」で、1つの明神鳥居の両脇に、小規模な2つの鳥居を組み合わせた造りをしています。

坐摩神社

境内に入ってすぐ左手に見えるのが手水舎です。こちらで身を清めていきましょう。

坐摩神社

目の前に見えるのが社殿です。拝殿と本殿ともに1960年に再建されたものが現存します。

坐摩神社

境内の右手には多数の境内社があります。左から見て大江神社、繊維神社、大國主神社、天満神社、相殿神社の5社が並びます。

坐摩神社

境内の左手奥には火防陶器神社があります。大陶祇神と火之迦具土神をお祀りしています。

江戸時代に神社周辺の船場が陶器の集散地として栄えていました。当時、大阪は全国から商品が集まる商業都市で、坐摩神社の近くを流れる西横堀川沿いには多くの陶器問屋が軒を連ねていました。

陶器商人たちは商売繁盛や陶器の安全な運搬を願い、陶器にゆかりのある神々を祀るようになりました。こうした信仰が、現在の境内にある陶器神社へとつながっています。また、坐摩神社では陶器業界の繁栄を願う「陶器祭」が受け継がれています。

坐摩神社

陶器製の常夜燈などが奉納されていました。

坐摩神社

その隣にある朱色の神社は稲荷神社です。商売繁盛や五穀豊穣などの御利益をいただくことができます。

坐摩神社

また、坐摩神社は上方落語寄席発祥の地ともされています。初代桂文治が初めてこの神社で寄席を開いたとされていることに起因します。

坐摩神社

その他、坐摩神社では各種おみくじや絵馬をいただくことができます。


坐摩神社

絵馬には神功皇后の創建伝承に基づいた白鷺が描かれています。

まとめ

読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる坐摩神社にお立ち寄りください!

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