大阪城豊國神社とは?
大阪城豊國神社は、大阪府大阪市の大阪城公園内に鎮座する、豊臣秀吉を祀る神社です。明治天皇の意向を受けて明治13年(1880年)に創建され、当初は中之島に鎮座していましたが、昭和36年(1961年)に現在の大阪城内へ移されました。境内には豊臣秀吉の銅像が立ち、出世開運や仕事運の御利益を願う人々が訪れる、大阪城ゆかりの神社として親しまれています。
所在地:大阪府大阪市中央区大阪城2-1
TEL:06-6941-0229
参拝時間:24時間

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御利益と御祭神
大阪城豊國神社がお祀りしているのは豊臣秀吉公、豊臣秀頼公、豊臣秀長卿です。
歴史

大阪城豊國神社は、大阪府大阪市中央区の大阪城公園内に鎮座する神社で、豊臣秀吉を祀っています。
その始まりは明治元年(1868年)、明治天皇が大阪を訪れた際、国家に大きな功績を残した豊臣秀吉を大阪の地に祀るよう命じたことにさかのぼります。これを受けて神社の創建が計画され、明治6年(1873年)には京都に豊国神社が整備されました。
大阪では明治13年(1880年)、京都の豊国神社の別社として、中之島の「山崎の鼻」と呼ばれる場所に創建されました。現在の大阪市中央公会堂が建つ地点にあたり、当時は大阪城内が陸軍省の管轄だったため、秀吉ゆかりの大阪城ではなく中之島が選ばれたとされています。
大正元年(1912年)には大阪市中央公会堂の建設に伴い、中之島の大阪府立図書館西側へ移転しました。さらに大正10年(1921年)には京都の豊国神社から独立して府社に列せられ、この頃に社名の読み方も「とよくに」から「ほうこく」へと改められました。
昭和10年(1935年)頃になると、大阪市庁舎の増築に伴って再び移転が検討されましたが、戦争の影響で計画は中断されました。戦後の昭和31年(1956年)に移転計画が再開され、豊臣秀吉と深いゆかりを持つ大阪城内への移転が決定します。
そして昭和36年(1961年)1月、中之島から大阪城二の丸の現在地へ遷座しました。これにより、創建から約80年を経て、豊臣秀吉が築いた大阪城の地に鎮座することとなりました。
また、境内には豊臣秀吉の銅像が建てられています。かつての銅像は昭和18年(1943年)に戦時中の金属供出によって失われましたが、平成19年(2007年)に彫刻家・中村晋也によって再建されました。
現在も大阪城豊國神社は、豊臣秀吉を祀る神社として、出世開運や仕事運などの御利益を願う多くの参拝者から信仰されています。大阪城の歴史とともに、豊臣秀吉の功績を今に伝える神社です。
大阪城豊國神社のアクセス
大阪府大阪市中央区大阪城2-1
◆交通機関
大阪メトロ谷町線「谷町四丁目駅」 徒歩13分、JR大阪環状線、大阪メトロ各線「森ノ宮駅」徒歩13分
大阪城豊國神社の御朱印

大阪城豊國神社では上記のような御朱印をいただくことができます!
大阪城豊國神社の見どころをご紹介!

社号碑を見つけたら豊國神社がすぐ近くです!

表鳥居をくぐって参拝スタート!

鳥居をくぐって目の前に見えるのが豊臣秀吉公像です。軍配を手に、陣羽織と甲冑を身にまとい、遠くを見据える姿は、天下統一を成し遂げた秀吉の威厳を今に伝えています。
明治36年(1903年)に大阪城内に建立された銅像を復元したものです。旧像は後に中之島へ移されましたが、昭和18年(1943年)に戦時中の金属供出によって失われました。その後、平成19年(2007年)に彫刻家・中村晋也によって復元されました。

豊臣秀吉公像の目の前にある鳥居をくぐって本殿へ向かいます。

目の前に見えるのが拝殿です。昭和36年(1961年)に、豊臣秀吉が築いた大阪城の二の丸へ遷座し、現在に至っています。

境内の左手には「白玉神社、七夕神社、玉春神社・玉繁神社」の合祀社があります。
白玉神社は、もともと大阪・中之島の蔵屋敷に「白玉稲荷神社」として祀られていました。蔵屋敷の解体後は野崎喜三郎の自宅へ移されましたが、明治14年(1881年)に豊國神社の境内へ遷座しました。五穀豊穣や商売繁盛の神として、宇迦之魂神を祀っています。
七夕神社は、もともと大阪市北区東天満に「七夕稲荷神社」として祀られていました。明治40年(1907年)、神社合祀政策によって白玉神社に合祀されたと伝えられています。稚日女尊と宇迦之魂神を祀り、良縁成就や安産、芸事上達の御利益があるとされています。
玉春神社と玉繁神社は、明治時代の神社合祀政策によって、七夕神社とほぼ同じ時期に白玉神社へ合祀されたと伝えられています。いずれも宇迦之魂神を祀り、五穀豊穣や商売繁盛の御利益があるとされています。

その隣にあるのが若永神社です。約400年前、豊臣秀吉の御用商人として知られる豪商「淀屋」の屋敷内に、火災から家や財産を守る神として祀られたことに始まります。
昭和2年(1927年)、地下鉄御堂筋線の建設工事に伴い、中之島の豊國神社境内へ移されました。その後、昭和36年(1961年)に豊國神社とともに大阪城内の現在地へ遷座し、今も淀屋の子孫をはじめ、多くの人々から信仰されています。

境内の左手には七夕神社にちなんだ笹の小径があります。

中を通ると一面に笹の葉が広がります。

境内にはその他にも色とりどりの風車がありました!風が吹くと一斉に回り出して綺麗な景色が見られます。

また、各種おみくじや絵馬をいただくことができます。
まとめ
読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる大阪城豊國神社にお立ち寄りください!


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