諫早神社とは?
諫早神社は、奈良時代の神亀5年(728年)に創始されたと伝わる、長崎県諫早市を代表する古社です。かつては「四面宮」と称し、九州の総守護神を祀る神社として、歴代領主や地域の人々から篤い信仰を集めてきました。現在も「おしめんさん(お四面さん)」の愛称で親しまれ、諫早の総鎮守として多くの人々に崇敬されています。
所在地:長崎県諫早市宇都町1-12
TEL:0957-22-2073
参拝時間:9:00~17:00
御利益と御祭神
諫早神社がお祀りしているのは天照大御神、大己貴命、少彦名命です。
歴史

諫早神社の創始は、奈良時代の神亀5年(728年)にまでさかのぼると伝えられています。縁起書によると、聖武天皇の勅願を受けた行基菩薩が当地を訪れ、石祠を祀ったことが始まりとされています。
創建当初から、諫早神社は単に地域の神を祀る神社ではなく、九州の総守護神として信仰された神々を祀る「四面宮(しめんぐう)」と呼ばれる神社でした。「四面宮」という社名は、九州を四方から守護する神々を祀ったことに由来するとされています。
中世から近世にかけても、諫早の氏神として地域の人々から篤く信仰されました。歴代の領主にとっても重要な祈願所とされ、西郷家、龍造寺家、そして諫早家など、この地を治めた有力者から厚い崇敬を受けています。こうした信仰を背景に、四面宮は諫早地方の中心的な社寺として発展していきました。
また、古くは神社と仏教が結びついた神仏習合の形態をとっており、境内には荘厳寺が並祀されていました。しかし、明治時代になると政府によって神仏分離が進められ、神仏判然令を受けて四面宮と荘厳寺は分離されることになります。荘厳寺の本尊などは近隣の寺院へ移され、神社としての姿が整えられていきました。
この神仏分離の際、社名も長い歴史を持つ「四面宮」から「諫早神社」へと改められました。以後、諫早の総鎮守として地域の人々の信仰を集め、現在に至っています。
現在も諫早神社は、地元の人々から親しみを込めて「おしめんさん(お四面さん)」と呼ばれています。奈良時代に始まったと伝わる歴史と、諫早の領主たちから受け継がれてきた信仰を今に伝える、諫早を代表する神社の一つです。
諫早神社のアクセス
長崎県諫早市宇都町1-12
◆交通機関
JR・島原鉄道「諫早駅」徒歩5分
諫早神社の御朱印

諫早神社では上記のような御朱印をいただくことができます!

また、各種特別御朱印も数多く取り揃えており、サンリオとのコラボ御朱印や流鏑馬の御朱印などもあります。満月の日があると、そこから5日程度は上記のような満月の御朱印もいただくことができます。
諫早神社の見どころをご紹介!

鳥居をくぐって参拝スタート!

参道を歩くと手水舎が右手に見えてきます。こちらで身を清めていきましょう!

参道から正面に見えるのが社殿です。

社殿の左手にはアマビエ像がいらっしゃいました。九州の海に現れたとされる疫病封じの妖怪「アマビエ様」にゆかりのある神社として知られています。この木造のアマビエ像は、全国でもトップクラスの大きさを誇ります。

その手前には狛犬がお迎えしてくれています。計4体の狛犬がいらっしゃいます。

御神木は楠(クスノキ)です。境内には多くの楠があり、その楠群は行基菩薩のお手植と伝えられます。昭和41年(1966年)には「諫早神社のクス群」として長崎県天然記念物に指定されています。

境内の右手には御神苑があります。

雲舞台は雲に見立てた石の舞台で、巫女舞や雅楽を奉納する神楽舞台です。地元産出の「諫早石」で作成されています。

龍心池は、池の中央奥にそびえるクスノキの根のうねりを、「龍」の姿に見立てた庭池です。江戸期に作庭され「県内三大名庭」と知られていましたが、昭和32年の諫早大水害で消失してしまったため、再建されました。
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「三柱鳥居」は、要石「くじら石」を守護する結界を果たす鳥居として鎮座されています。日本最古の陶磁器生産地として知られる「波佐見」の窯で制作された「自磁の三柱鳥居」です。

「四面菩薩の磐座」には四面菩薩に見立てた磐座と、そのご加護を宿した桜の木があります。四面菩薩は諫早神社のご神像で、江戸時代に造られ九州総守護の神々が宿るご神体として祀られてきました。

諫早神社では、その他にも各種おみくじや絵馬をいただくことができます!
まとめ
読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる諫早神社にお立ち寄りください!


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