鶴岡八幡宮とは?
鶴岡八幡宮は神奈川県鎌倉市に鎮座する、源氏と深いゆかりを持つ神社です。康平6年(1063年)に源頼義が創建し、その後、源義家によって整備されました。治承4年(1180年)には源頼朝が現在地へ遷座し、鎌倉幕府の守護神として篤く崇敬されました。現在も流鏑馬などの伝統行事が受け継がれる、鎌倉を代表する神社です。
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
TEL:0467-22-0315
参拝時間:6:00~20:00

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御利益と御祭神
鶴岡八幡宮がお祀りしているのは応神天皇、神功皇后、比売神です。
・応神天皇、神功皇后、比売神
◆御利益
・勝負運、厄除け、縁結び、学業成就など
歴史

鶴岡八幡宮は、神奈川県鎌倉市に鎮座する神社で、鎌倉幕府を開いた源頼朝をはじめ、源氏一族から篤く信仰されてきた古社です。
その歴史は康平6年(1063年)、河内源氏2代目の源頼義が、前九年の役での戦勝に感謝し、京都の石清水八幡宮から八幡神を勧請したことに始まります。頼義は鎌倉の由比郷鶴岡に「鶴岡若宮」を創建し、源氏の氏神として祀りました。その後、永保元年(1081年)には、頼義の子である源義家が社殿を修復し、源氏と八幡宮の結びつきを深めていきました。
治承4年(1180年)、平氏打倒のため挙兵した源頼朝が鎌倉に入ると、先祖ゆかりの鶴岡若宮を現在の地へ遷座しました。頼朝は八幡宮を中心に鎌倉の町を整備し、幕府と東国武士を守護する重要な神社として位置づけます。さらに放生会や流鏑馬などの祭事を重視し、鶴岡八幡宮は武家政権の精神的な中心となりました。
建久2年(1191年)には火災によって社殿が焼失しましたが、頼朝は本宮と若宮を備えた形で再建しました。その後も歴代将軍や御家人から崇敬され、鎌倉幕府の繁栄とともに発展していきます。建保7年(1219年)には、3代将軍・源実朝が参拝後に公暁によって暗殺される事件も起こり、鎌倉幕府の歴史における重要な舞台となりました。
鎌倉幕府の滅亡後は次第に衰退し、戦国時代の大永6年(1526年)には里見氏の軍勢によって社殿が焼失しました。しかし、小田原を本拠とする北条氏綱が再建に取り組み、鶴岡八幡宮は再び武家の信仰を集めるようになります。
江戸時代には徳川幕府の保護を受け、社殿や境内の整備が進められました。当時は神道と仏教が結びついた神仏習合の形態をとっており、境内には多宝大塔や薬師堂、護摩堂など多くの仏教施設が建てられ、鶴岡八幡宮寺として栄えました。
しかし、明治時代になると政府の神仏分離政策によって大きな変化が訪れます。明治3年(1870年)頃には廃仏毀釈によって多くの仏堂が撤去され、仏像や仏具も失われました。これにより長く続いた神仏習合の歴史は終わり、鶴岡八幡宮として神社の姿が整えられました。明治15年(1882年)には国幣中社に昇格しています。
鶴岡八幡宮のアクセス
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
◆交通機関
JR各線、江ノ島電鉄「鎌倉駅」徒歩10分
鶴岡八幡宮の御朱印

鶴岡八幡宮では上記のような御朱印をいただくことができます!

その他、各種御朱印帳などもいただくことができます!
鶴岡八幡宮の見どころをご紹介!

鳥居をくぐって参拝スタート!

長い参道を進んで社殿へ向かいます。この参道は「若宮大路」と呼ばれ、源頼朝公が鎌倉の街づくりの第一歩、そして妻・北条政子の安産を祈願して、整備したものと伝えられています。

参道を進んでいくと大きな朱色の鳥居に辿り着きます。正面の奥に見えるのが舞殿と社殿です!

さらに参道を進みます。

参道を進むと左手に見えるのが手水舎です。こちらで身を清めていきましょう!

その正面に見えるのが舞殿です。静御前が源義経を慕って舞ったとされる若宮廻廊跡に建ち、下拝殿とも呼ばれています。神社での祭りや行事、結婚式が執り行われます。

舞殿から見て右手にあるのが「若宮(下宮)」です。本宮の御祭神である応神天皇の御子、仁徳天皇を始め、履中天皇・仲媛命・磐之媛命の四柱の神様がお祀りされています。

階段を登って辿り着くのが「本宮(上宮)」です。

「本宮(上宮)」は応神天皇・比売神・神功皇后をお祀りする鶴岡八幡宮の中心となる御社殿です。若宮(下宮)とともに国の重要文化財に指定されています。

「本宮(上宮)」の近くにある社務所では各種絵馬やおみくじなどもいただくことができます!

本宮(上宮)の左手には「丸山稲荷社」があります。室町期の御社殿で、商売繁盛などを願う多くの方々より奉納された赤い旗で囲まれています。

境内の右手には「白旗神社」があります。ここでは源頼朝公、源実朝公がお祀りされており、黒塗りの御社殿が特徴の神社です。必勝や学業成就で篤く信仰される神社です。

境内の左手には平家池、右手には源氏池が広がります。上記の写真は平家池です。平家池は「死(衰退)」を象徴する四つの島で成り立っています。
奥に見えるのが鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムです。

このミュージアムでは歴史や文化を伝える様々な展覧会やイベントが開催されています。

右手にあるのが源氏池です。「産(繁栄)」の願いを込めた三つの島が浮かびます。

源氏池には「旗上弁財天社」があります。鎌倉・江ノ島七福神めぐりの一箇所として弁財天をお祀りしています。

現在の社殿は八幡宮御創建800年(昭和55年)を記念して、文政年間の古図をもとに復元したものです。

旗上弁財天社の裏手には「政子石」があります。夫婦円満の祈願石で姫石とも呼ばれています。

源氏池の近くには「流鏑馬馬場」があります。流鏑馬神事がこちらで行われることから、流鏑馬馬場と呼ばれています。毎年9月16日に流鏑馬神事が行われます。
まとめ
読んでいただきありがとうございました。
ぜひ、魅力溢れる鶴岡八幡宮にお立ち寄りください!


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