薬師如来(やくしにょらい)は、病気や暮らしの苦しみから人々を救う仏さまとして信仰されています。薬の入った壺を持つ姿がよく知られ、健康を願って「お薬師さま」に手を合わせる習慣も各地に残っています。
薬師如来の願いは、病気だけに限られるものではありません。この記事では十二の願い、像の特徴、御利益の意味を整理し、奈良の薬師寺や新薬師寺で受け継がれている信仰を紹介します。信仰が生まれた背景、中国から日本への伝来、各地へ広まった過程もたどります。
ひと目でわかる薬師如来
薬師如来は、東方浄瑠璃世界の仏として説かれ、病気や生活の不自由を抱える人々に救いをもたらす存在です。
- 正式には薬師瑠璃光如来といい、「お薬師さま」と親しまれる。
- 十二の願いには、病を癒すことだけでなく、正しい道へ導くことも含まれる。
- 左手の薬壺は、病に苦しむ人を救う働きを表しますが、薬壺を持たない像もある。
- 右手を上げた姿には、恐れを取り除く意味が込められている。
- 日光菩薩と月光菩薩を伴う姿は薬師三尊と呼ばれ、十二神将も信仰を支える。
- 日本では病気平癒や身体健全などを願う信仰が広まる。
- 薬師寺と新薬師寺では、御本尊の姿と周囲の仏像から薬師信仰を知ることができる。
薬師信仰の成立と日本への伝来
インドの教えが中国で翻訳される
薬師如来への信仰は、インドの大乗仏教のなかで生まれました。薬師如来は、病気やさまざまな苦しみから人々を救うことを誓った仏です。東方の瑠璃光浄土にいるとされ、病気の回復だけでなく、人々が安心して暮らせるように願う信仰が広まりました。
この教えは、仏教がインドから中国へ伝わるなかで、中国の人々にも知られるようになります。中国では薬師如来に関する経典が漢語に翻訳されました。その代表的なものが、唐の僧・玄奘が翻訳した『薬師瑠璃光如来本願功徳経』です。
玄奘は629年にインドへ向かい、各地で仏教を学んだ後、645年に中国へ帰国しました。そして持ち帰った多くの経典を翻訳し、インドの仏教を中国へ広めるうえで大きな役割を果たします。薬師如来の教えも、こうした経典の翻訳を通じて広まりました。
やがて中国で仏教を学んだ日本の僧たちが帰国し、薬師如来への信仰も日本で広がっていくことになります。
道昭が経典を持ち帰り古代の寺院で祀られる
日本では飛鳥時代までに薬師如来への信仰が知られるようになり、7世紀には朝廷でも重んじられるようになりました。その時代に中国で仏教を学んだ僧の一人が、道昭(どうしょう)です。
道昭は653年に唐へ渡り、玄奘のもとで仏教を学びました。帰国後は中国で学んだ教えを日本へ伝え、仏教の発展に貢献しました。
一方、薬師信仰が朝廷と深く結びついた出来事として知られるのが、薬師寺の建立です。680年、天武天皇は病気になった皇后(後の持統天皇)の回復を願い、薬師寺の建立を発願しました。薬師如来は病気の苦しみから人々を救う仏とされていたため、皇后の病気平癒を願う祈りと結びついたのです。
薬師寺は当初、飛鳥の藤原京周辺に建てられ、平城京への遷都後には奈良にも寺院が造営されました。こうして薬師如来は、病気の回復を願う仏として朝廷からも信仰を集め、奈良時代には各地の寺院でも祀られるようになりました。
都の祈りから地域の薬師如来への信仰へ
奈良時代に朝廷や大きな寺院で重んじられた薬師信仰は、平安時代以降、地方にも広がっていきました。各地の寺院や集落のお堂に薬師如来像が祀られ、人々は自分や家族の病気が治ること、健康に暮らせることを願って手を合わせるようになります。
また、薬師如来は日光菩薩・月光菩薩を脇侍とし、十二神将に守られる姿でも信仰されました。日光菩薩と月光菩薩は薬師如来を助ける菩薩で、十二神将は薬師如来の教えを信じる人々を守る存在です。こうした仏像が一緒に祀られることで、薬師如来を中心とした信仰の世界が寺院のなかに表されました。
薬師信仰は、仏像を祀るだけでなく、法要や祭礼を通じても受け継がれました。例えば、奈良の薬師寺では、薬師如来に人々の罪や過ちを悔い改め、国家の安泰や人々の幸福を願う「花会式」が現在も行われています。さらに、各地には薬師如来を祀る寺院を巡る霊場も生まれました。
こうして薬師如来への信仰は、朝廷が病気平癒を願った古代の祈りから、地域の人々が健康や家族の無事を願う身近な信仰へと広がっていったのです。
薬師如来とはどのような仏さま?

瑠璃の光と東方の浄土
薬師如来は、病気や生活の苦しみから人々を救う仏さまです。正式には「薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)」と呼ばれ、日本では「お薬師さま」の名でも親しまれています。名前にある「瑠璃」とは、青く美しい宝石のことです。薬師如来には、瑠璃のように清らかな光で人々を照らし、苦しみから救うという意味が込められています。
薬師如来がいるとされるのは、東方にある「浄瑠璃世界」という仏の国です。阿弥陀如来が西方の極楽浄土にいると説かれるのに対し、薬師如来は東方の浄瑠璃世界にいるとされています。
薬師如来の特徴は、今を生きる人々の苦しみを救うことにあります。病気で苦しむ人、生活に困っている人、将来に不安を抱える人など、さまざまな悩みを持つ人々を救おうとする仏さまなのです。その救いの内容を具体的に示しているのが、薬師如来が仏になる前に立てた「十二の願い」です。
十二の願いは病気だけにとどまらない
薬師如来は仏になる前、菩薩として修行していたときに十二の願いを立てたと説かれています。これは「十二大願(じゅうにたいがん)」と呼ばれ、人々を苦しみから救うための誓いです。
その内容には、病気を治すことだけでなく、食べ物や衣服に困っている人を助けること、正しい道へ導くこと、さまざまな災難から救うことなどが含まれています。
つまり、薬師如来が救おうとするのは、病気に苦しむ人だけではありません。例えば、病気になれば身体がつらいだけでなく、仕事ができなくなったり、生活に困ったりすることもあります。薬師如来の十二の願いには、そうした人々の暮らし全体を支えようとする考え方が込められているのです。
日本でも、この教えは病気の回復を願う信仰として広まりました。680年、天武天皇が皇后の病気平癒を願って薬師寺の建立を発願したことは、その代表的な例です。そして、人々を病気や苦しみから救うという薬師如来の働きは、仏像の姿にも表されています。
薬師如来の姿と御利益

薬壺・日光菩薩と月光菩薩・十二神将
薬師如来像の特徴としてよく知られているのが、左手に持つ「薬壺(やっこ)」です。薬壺は薬を入れる容器で、病気に苦しむ人々を救う薬師如来の働きを表しています。また、右手を胸の前に上げ、手のひらを前に向けた姿もよく見られます。これは「施無畏印(せむいいん)」と呼ばれる手の形で、人々の恐れや不安を取り除くことを意味しています。
ただし、すべての薬師如来像が薬壺を持っているわけではありません。例えば、奈良の薬師寺に祀られている薬師如来像は薬壺を持っていません。薬壺を持つ姿が広く見られるようになる以前に造られた薬師如来像もあるためです。
薬師如来は、ほかの仏さまたちと一緒に祀られることもあります。その代表的な姿が、薬師如来を中央に、日光菩薩と月光菩薩を左右に配した「薬師三尊」です。日光菩薩と月光菩薩は、薬師如来を助けて人々を救う菩薩とされています。さらに、薬師如来の周囲には「十二神将(じゅうにしんしょう)」が祀られることもあります。十二神将は薬師如来の教えを守る存在で、甲冑を身につけた武将のような力強い姿で表されます。
このように、薬師如来を中心として、救いを助ける菩薩や教えを守る神将が配置されることで、薬師如来の信仰が仏像の姿にも表されているのです。
病気平癒と身体健全を願う信仰
薬師如来は、特に病気の回復や健康を願う仏さまとして信仰されています。代表的な御利益には、次のようなものがあります。
- 病気平癒
- 身体健全
- 無病息災
- 延命長寿
- 災難除け
- 所願成就
なかでもよく知られているのが、病気平癒の御利益です。病気になった本人だけでなく、家族や大切な人の回復を願って薬師如来に手を合わせる人々も多くいます。また、病気にならず健康に過ごすことを願う「無病息災」や、長く健やかに生きることを願う「延命長寿」も、薬師信仰と深く結びついています。
こうした御利益は、薬師如来が立てた十二の願いに由来しています。ただし、薬師如来への祈りは信仰上のものであり、参拝すれば必ず病気が治るという意味ではありません。人々は病気の治療を受けながら、その回復を願い、心の支えとして薬師如来を信仰してきました。
現在も全国の寺院で薬師如来が祀られ、健康や家族の無事を願う人々が参拝しています。
薬師如来を祀るお寺
薬師寺
奈良県奈良市にある薬師寺は、薬師如来を御本尊とする代表的な寺院です。680年、天武天皇は病気になった皇后(後の持統天皇)の回復を願い、薬師寺の建立を発願しました。つまり、薬師寺は皇后の病気平癒を願うことから始まったお寺なのです。
天武天皇が亡くなった後も建立は進められ、持統天皇の時代には本尊の開眼が行われました。開眼とは、完成した仏像を信仰の対象として迎える儀式のことです。その後、平城京への遷都に伴って奈良にも薬師寺が造営され、現在へと続いています。
薬師寺の金堂には、中央の薬師如来と、その左右に日光菩薩・月光菩薩を配した「薬師三尊像」が祀られています。この薬師如来像は薬壺を持たない姿で知られ、古い時代の薬師如来像の特徴を伝えています。
新薬師寺|十二神将に囲まれた御本尊
奈良県奈良市にある新薬師寺も、薬師如来を御本尊とする代表的な寺院です。新薬師寺は747年、聖武天皇の病気平癒を願って建立されたと伝えられています。
新薬師寺の本堂には、中央の円壇に薬師如来坐像が安置され、その周囲を十二神将が取り囲んでいます。薬師如来は穏やかな表情で座り、左手には薬壺を持っています。一方、周囲の十二神将は、甲冑を身につけた武将のような力強い姿をしています。
これは、病気や苦しみから人々を救う薬師如来と、その教えを守る十二神将の関係を表したものです。また、新薬師寺の薬師如来像は、カヤの木から彫り出された一木造の仏像としても知られています。
同じ薬師如来を祀るお寺でも、薬師寺と新薬師寺では御本尊の姿や堂内の配置が異なります。両方のお寺を比べることで、薬師如来への信仰がさまざまな仏像の姿で表されてきたことが分かります。


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